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コペルニクスの生家
平成27年6月25日
THE HOUSE OF NICHOLAS COPEMICUS
June.25.2015
ガリレオ(1564-1642)が地動説を唱え、
それを理由に有罪判決を受けたことはかなり有名である。
このことから、当時地動説を唱えるものはすべて異端とされ、
それによって科学の発展が阻害された、という考えがなされてきた。
しかし、ガリレオよりも100年も早く地動説を唱えた人物がいた。
天文学者でありカトリック司祭のコペルニクス(1473-1543)である。
コペルニクスは中世時代の街が今に残るトルンで生誕した。
現在、生家は博物館になっている。
中世時代そのままのコペルニクスの生家
内部は博物館になって公開されている。
ポーランドの博物館はどこでも無料になる日がある。この日は偶然無料だった。
ふと太宰治の生家の階段を思い出した。
偉人はこんな立派な階段のある家から排出するようだ。
コペルニクス家は裕福な家系だった。
コペルニクス自身も、教会では司教座聖堂参事会員、
知事、長官、法学者、占星術師、医者でもあった。
コペルニクスが使っていた道具
コペルニクスの書斎(再現)
コペルニクスの地球儀がある。
コペルニクス
コペルニクスの筆跡
1500年ローマで講義するコペルニクス
1503年に発行されたコペルニクスの博士認定書
コペルニクスが作曲した音符
コペルニクスのボログナ大学の登録証
クラクフ・アカデミーが1491年に発行したコペルニクス登録証
コペルニクスの著書
ポーランドの著名な画家アレクサンダーレッサー(1814年 - 1884年)作
「コペルニクスの終焉」
中世時代のトルンの街。現在のトルンもほぼ同じ形で現存し、世界遺産になっている。
この博物館も小学生の遠足組でいっぱいだった。
琥珀ブログ 平成23年3月20日 初製作

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