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ルブリン城
平成27年2月20日
LUBLIN CASTLE

Feb.20.2015



ルブリン城は旧市街からグロッカ門をくぐった先にある。
14世紀にすでに城としての形が築かれていたが、
変遷の末17世紀に今の姿になった。
場内は博物館になっているが、城塔、聖三位一体礼拝堂も参観できる。


 
グロッカ門。奥に見えるのがルブリン城。
 

 

ルブリン城
 

城内は博物館でルブリンの古代から近代までの展示がある。
 

旧石器
 

新石器 
新旧問わず石器はフリントが用いられている。
フリントは日本では燧石(ひうちいし)といわれるが、日本では産出しない。
フリントは、その他にも火打石やお守りや儀式用などに重宝された。
ポーランドは古代からフリントの産地として知られている。
 

フリント製の石器
 

フリント製のノコギリ石器
 

左の斧がフリント製。独特の縞模様が特徴。
 

 

時代に沿った展示がある。
 

 

 

 

中世時代のルブリン。
絵画で描かれているあたりは同形でほぼ現存している。 
 

中世時代の街の様子
 

忍者の鎖帷子(くさりかたびら)と類似したものがある。
考えることはいずこも同じか・・・・。
現在でも、鮫のショーなどに出る水族館の人などは着ているそうだ。
 

フェイファ・ハンガリー(fejfa Hungaricum)特別展。
 

要するに「ハンガリーの塔婆展」。
ハンガリーでは墓石の代わりに塔婆(kopijnikami)をたてるらしい。
この塔婆は古代からあったが、
特に16世紀から特にトランシルヴァニアで、普及し始めたらしい。
塔婆には故人の年齢、性別、財務、生活などが彫刻されているらしい。
 

 

 

17世紀から19世紀の絵画も多数展示されている。
 

1719年のルブリン火災を描いたもの。
 

中世時代の庶民生活の様子
 

ポーランド歴史上の著名な戦闘場面の絵画
 

 

 

 

 

 

銀製品
 

 

東洋のものだ!
 

もしかして・・・・。
 

やはり日本の番傘に草履だった。
 

ポーランドの近世のカップボード
 

ルブリンの民族衣装
 

 

ヤン・マテイコによる「1569年ルブリンの合同」
この城(博物館)の代表的作品。
ポーランド王国とリトアニア大公国がルブリンで
ポーランド・リトアニア共和国に統合される調印時を描いたもの。
 

この絵画はウィキペディアでも紹介されている。参考
画家のヤン・マテイコ は、19世紀のポーランドの画家。参考
 

上記の絵画の登場人物名。 拡大
 

 

 

 

 

 

 

 

 

城塔(キャッスルタワー)
 

 

 

 

 

 

 

屋上
 

屋上からの眺望(旧市街)
 

 

 

屋上からの眺望(新市街)
建物の高さを制限しているのが見て取れる。
 

 

 

眼下の様子。手前の平屋の屋根は市場。
 

 

 

 

 

 

聖三位一体礼拝堂
 

ポーランド東部であるルブリンは東西キリスト教が交わる地で、
西欧カトリックのゴシック建築に東欧の東方正教のフレスコ画が描かれいる。
 

これらのフレスコ画はヤギェウォ王朝初代王ヴワディスワフ2世の命で描かれた。
 

東西キリスト教美術の融合を示す貴重なものである。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルブリン城正面に面した街並み
 








 
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