Produced & Photographed by Matsutora
ドゥオンラム村
平成29年4月15日
DUONG LAM ANCIENT VILLAGE
APRIL 15. 2017
ドゥオンラム村は、
ハノイの西約50kmのハタイ省ソンタイ(Son Tay)、
紅河の南岸に位置している。
昔から多くの英雄を輩出した村だったことや、
科挙合格者などが建てた立派な家などが保存されてきたことで、
村全体が伝統的な姿を保っていた。
2003年ベトナム政府は、急速な発展により伝統的な村が失われていくことに危惧を抱き、
ドゥオンラム村の保存事業の協力を日本政府に依頼、
ドゥオンラム村農村集落保存プロジェクトが開始された。
この事業は昭和女子大学、奈良文化財研究所が要請を受けて行い、JICAの協力も得て、
集落や家だけでなく衣食住や祭礼など伝統的な農村生活を保存するため、
調査、家屋の修復などが行われた。
ベトナムには「王法も村の竹垣まで」という言葉があり、
村の結びつきが強い社会だと言われえいる。
竹垣は現在ドゥオンラム村ではあまり見られないが、
村に出入りするための門が残され、村の中心には守護神を祀るディン(亭)があり、
仏教寺院や神社、氏族の祖先を祀る祠堂などもある。
村の面積は約800ha、人口は約8千人。
ベトナムの伝統的な集落としてベトナム国家文化財に指定されている。
ユネスコは2013年、ドゥオンラム村に文化遺産保存賞を授与した。
ドゥオンラム村へ行く道中


モンフ門
以前は(20世紀前半まで)、ドゥオンラム村の集落はそれぞれ独立した村落で、
モンフ集落、ドンサン集落など各村落の入り口には門があった。
現在ドゥオンラム村に残されているのは、モンフ集落のこの門のみでさる。
門は、日の出と共に開け、日没と共に閉じていた。
門が閉じた後に村に戻った時は、クアンと呼ばれる建物で
日の出を待たなければならなかったそうだ。
モンフ門の脇には、
村を見守っているかのように大きいガジュマルの木がそびえている。



この家はレストランとして営業している。



この家の鉄漿をしたおばあちゃんが、
この村特産の柔らかくてピーナッツ入り生姜味の餅
『チェラム(Che Lam)』をごちそうしてくれた。

急須は保温籠に入れてあった。

焼肉は程よく焼けていたが、昼食までに2時間ほどある。昼食を予約して散策にでた。




ナガサキアゲハ
東南アジアとインドネシアの島嶼から、中国、台湾を経て日本まで分布する。
和名「ナガサキアゲハ」はシーボルトが長崎で最初に採集したことに由来するらしい。


古い家へ訪問


こちらは普通の民家

「どうぞ入ってください」

ご自分と奥さんと花嫁衣裳の娘さんの写真がある。
「どうぞかけてください」
初級ベトナム語しかわからず、会話能力はないので、
残念ながら辞退するしかなかった。


教会らしきものが見える。

1954年に建てられたこの教会は、モンフ集落で最も高い建物で、
鐘塔が集落のあちらこちらから見えるランドマーク的な建物になっている。
施錠されて内部には入れなかったが、聞くところによると、
装飾などはシンプルであるが、告解に使われる、
美しい木彫りの“ついたて”が残されているらしい。

ドゥオンラム村の街並みは、
ラテライト(ベトナム語では、穴が無数にあいていることから
“蜂の巣煉瓦”と呼ばれる)の塀が印象的よく目につく。
ラテライトは天然のものもあるし、人工的に作ったものもあり、混在している。
ラテライトはドゥオンラム村の象徴になっている。

ラテライトの壁

広場に出てきた。

これはヨーロッパでのリネクですね。
町の中央に広場を設け、その広場に面して公共的な施設を配置する。
ベトナムにもこのような街作りがあったんですね・・・・。

広場にはディン(亭)が面して建てられている。




これはモンフ亭といって村の中心的神社。
ディン(亭)とは、村の守護神を祀り、
村の集会や祭りなどが行われる所で、どの村にも必ず設けられていた。
1759年に建てられ、その後1859年に拡張された。
村の西南にそびえるバーヴィー山の神と、
ドゥオンラム村出身の英雄フン・フンが祀られている。


沖縄のシーサーのような守り神








辻で、ドゥオンラム村の特産チェラム(Che Lam)を売っている。
チェラムは先ほど、おばあちゃの家でお接待された餅菓子。




ラテライトの壁の前で

麹


亀のデザインに作られた共同井戸







ドゥオンラム村の民家の模型

こちらは本物














ハー・ヒウ・テー邸
煉瓦敷きの中庭に、瓶が並べられている。味噌や、もち米酒を醸造。

味噌瓶

開けてもらった。

こちらは酒瓶
酒瓶を地中に埋めて醸造させることもあるそうだ。


出来上がった酒を試飲させてもらった。
透明な酒と赤い酒の2種類ある。どちらもうまい。
これは赤米から作った赤い酒である!



今日の昼食。左端上のカボチャとその下の揚げ物が特に美味かった。

このレストランの子猫が上から覗いていた。




このおばあちゃんも鉄漿をしていた。
鉄漿は松虎が幼少のころに(60年以上前)近所のおばあちゃんがしていた記憶があるが、
そのおばあちゃんもすぐに他界するので、その後は見たことがなかった。
あれ以来、べトナムのこのドゥオンラム村で
再び鉄漿を見ることができたが、悪い感じは全くしなかった。
昔、十分な歯磨きも治療もできなかった時代には、
画期的なことだったのではないかと思われる。

再び、モンフ門に戻ってきた。

琥珀ブログ 平成23年3月20日 初製作

© 2017-2027 KOHAKU BLOG. ALL RIGHTS RESERVED.